January 22, 2007

「風林火山」な散歩道 その1

龍雲寺1

去年から少しずつ、巡りはじめていた風林火山の縁の地。いちばん手近なバージョンです。

自宅から車で5分の場所にある曹洞宗のお寺龍雲寺
かつて武田信玄が越後から禅師を迎えて
オンボロに朽ち果ててしまっていたこの寺を復興したのだそう。

信玄が、信濃出兵の時は、必ずと言っていいほど戦の勝利を祈願しに立ち寄ったと
言われているそうで、信玄に縁の深い寺らしい。

「え?こんなところに?!こんなお寺が?!」というくらい意外な感じで
住宅街の中にりっそりと佇んでいて、表通り(国道)からは見えない。

龍雲寺2


この山門もなかなか立派です。

龍雲寺3

この奥に信玄公の霊廟があるの。このトンネルみたいなのをくぐると---

龍雲寺4

信玄の遺骨が出てきたという場所があって、墓標が立っています。

信長と同盟を結んでいたくせに、将軍・足利義昭の信長討伐令に同調して信長を欺き
遠江の家康の領地に攻め込んで徳川軍をビビらせた武田信玄・・・。

でも、ついに持病には打ち勝てずに、甲斐への撤退せざるを得なくて
しかもその途中、信濃国駒場で亡くなってしまう。
でも、敵につけいる隙を与えないため、
それに親方様崩御の知らせを受けたら、味方の士気も下がるから・・・と部下さえも欺き
その喪をひたすらに隠し通したというのは、有名な話。
死んでもなお、強い武将でありつつけなければならなかったのね、信玄は。

その信玄の遺骨を、この龍雲寺を再建した北高禅師が
密かに持ち帰ってこの寺に埋葬したという言い伝えが残っているのだそうで
墓標の建っている場所で、昭和6年には骨壺が発見されて
中から骨と短刀、袈裟環が発見されたんだそうだ。

龍雲寺5龍雲寺6

信玄の霊廟。武田菱がなんだか誇らしげですね。

takamaien_n at 23:51│Comments(2)TrackBack(1) 歴史トークをしようじゃないか 

トラックバックURL

この記事へのトラックバック

1. 27 龍雲寺(岩村田) 武田信玄ゆかりの龍雲寺。  [ KYYの道の駅ツーリング(行きあ旅ばっ旅^^; ) ]   February 02, 2007 15:12
 太田山 龍雲寺 正和元年(1312)大井美作入道玄慶開基。 天文末期佐久群を制覇した武田信玄が北高禅師を招いて中興開基。 境内から信玄の遺骨が発掘され霊廟に納める。惣門には正親町天皇の勅額「東山法窟」がかかる。 曹洞宗。...

この記事へのコメント

1. Posted by ぷるめりあ   January 23, 2007 20:21
最近、池波正太郎著「信長と秀吉と家康」という本を読んでいるところなの。なんだかリアルタイム!
そうそう、武田信玄は自分の城に帰る途中、信州の駒場で亡くなったんだよね。遺骨がここで見つかったとはねぇ。。
武田信玄は、天下を治めるだけの実力と人格を持ってた人物。甲斐ではなく、もっと京都に近い所に自分の国があったら、信長より先に天下を治めていたのかもねぇ。。ハワイでも早く「風林火山」放送しないかなぁ〜。
2. Posted by shiro_taka   January 25, 2007 00:10
■ぷるめりあさん、お返事遅くなってごめんね。
池波正太郎さんかー。歴史好きだったの?ぷるめりあさんも。
私は、ここ1年でずっぽりはまっているんだけどさぁ。
まだ池波正太郎にはたどり着いていないの。
ここのところ司馬遼太郎一辺倒です。きっかけは坂本龍馬。
そろそろ幕末を卒業して、もう少し時代を遡りたいとは思っているんだけど
なかなかね。

ところで・・・私も、信玄は天下を取れる器だったと思う。
そうね〜持病がなかったらねぇ。

この記事にコメントする

名前:
URL:
  情報を記憶: 評価: 顔